14台目は「あ」

スバル アルシオーネ

    (あるしおーね)

グレード・年式VR   1989年
エンジン型式水平対向4気筒SOHCターボ
排気量1781cc
出力・トルク120ps  18.2kg-m
全長×全幅×全高4450×1690×1335
車重1180kg
新車価格213万3000円

説明

キャッチコピーは『4WDアヴァンギャルド』、『オトナアヴァンギャルド』。SUBARU(旧・富士重工業)の創業から現在に至るまで、リトラクタブル・ヘッドライトが搭載された唯一の車種である。

1985年1月に「XT」としてデトロイト・モーターショーで初公開された。発表に際して、各国のモータージャーナリストを招いた大々的な試乗会やハリウッド映画への登場といった入念な事前プロモーションが行われ、富士重工業のアメリカ市場に対する期待の大きさを窺わせた。アメリカ市場では1985年2月の発売直後こそ好調な販売で推移したが、同年9月のプラザ合意による急激な円高のために商品力が低下。急遽、既存の4気筒エンジンに2気筒を追加して6気筒とした「XT6」が企画され、1988年モデルイヤーから販売に移された(同時に4気筒エンジン車は廃止)。

しかし、「廉価でスタイリッシュなクーペ」から「先進的な高級パーソナルクーペ」への突然の路線変更が受け入れられたとは言い難く、期待されたアメリカ市場での販売を回復することができないまま1991年に販売を終了。完全な専用設計とした後継車種の「SVX」に再起を賭けることになった。

日本では1985年6月8日に発売されたが、極端なくさび形のエクステリアが奇抜すぎると捉えられ、さらに4気筒エンジンや足回りが3代目レオーネとほぼ同一[注釈 1]でフラッグシップ車としてのイメージが薄く、そして価格も高めだったことから、他社の大型スポーツクーペに歯が立たず、発売当初から売れ行きは不調であった。

なお、欧州市場とオーストラリアではボルテックス(VORTEX)の名で販売された。

メカニズムでは従来の油圧多板クラッチに専用コントロール・ユニットによるパルス制御を取り入れることにより、前後駆動トルク配分を自動制御する「ACT-4」、オートマチックトランスミッションの4速化、電動モーター・アシストによる車速感応式パワーステアリング「CYBRID」、ABSのライン装着など、非常に意欲的なアクティブ・セイフティに対する姿勢は、現在でも一部に高い評価がある。

思い出

私が大学の時仲良く遊んだり話したりしていた子が当時好きだと言っていた車です。その子(男子だが・・・)は当時B級ライセンスも保持しており、地元ではミツビシミラージュに乗っていたと言っていました。流石に東京にクルマは持ってこれなく地元に置いていたと言っていましたが、カッコよさなら絶対アルシオーネと事あるごとに言っていたものです。

たしかに、スタイルはカッターで切り取って作ったんじゃないと思うくらいの直線、リアにかけて持ち上がった感じのするテール処理、突拍子もないステアリングの形とテレビゲームのようなデジタルメーター、どこを取っても1980年代のクルマとは思い付かないスタイリングでした。リトラクタブルライトが上がった姿もカッコよく魅力的ではあるものの当時「直線番長」こそがクルマの基本と思っていた私はターボを積んでも120馬力に終わるエンジンに魅力を感じることがなかったです。後期型に出た2.7リッターエンジンは気にはなったものの今度は肝心のスタイリングがもっさりした感じでアルシオーネらしさが感じられなくなってしまいました。

クルマ談議に花が咲いていた当時の彼も今や50超。地元の京都にいるとは思うのですが今はどうしているのか・・・。声を掛けることができるならば「今でもマニアなクルマが好きですよ!!」と伝えておきたいですね。